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柴田洋弥HomePageは知的障害者・発達障害者への支援の在り方を提案します。

知的障害者・発達障害者の意思決定支援を考える

概要・意思決定支援と法定代理制度の考察

 

意思決定支援と法定代理制度の考察 【概要】

(障害者権利委員会一般意見書に適合する成年後見制度改革試論)

2015115日 柴田洋弥

 
【1.はじめに】

近代市民社会の成立以来、判断能力に困難のある人の法的能力は不完全とされてきた。しかし障害者権利条約(以下「条約」という)は、これを「判断能力が不足しても、法的能力は常にある」とした。その上で、国連障害者権利委員会一般的意見1号「12条;法律の前における平等な承認」(以下「一般意見書」という)は、当該障害者(以下「本人」という)の不足する判断能力を意思決定支援で高め補い、本人が法的能力を行使できるようにする「支援つき意思決定制度」を、締約国に求めている。

これにより、我が国の成年後見制度は、次の2重の課題解決を迫られている。

@運用面の課題 後見類型への偏重、公務員などの欠格条項、過重な費用負担、家庭裁判所の監督体制不備などの課題

A根本的な制度課題 類型的体系や行為能力制限などの、代行決定制度から支援つき意思決定制度への改革課題

 運営面の課題については、「成年後見制度利用促進法案」など改革が進む機運にある。

「意思決定支援」については、障害者総合支援法に関連する検討や、諸外国の取組の紹介が行われているが、意思決定支援をつくしても、本人が独力でその法律行為を行えないときの法定代理制度の在り方は、明らかではない。

国連障害者権利委員会は、この間報告をした全ての条約締約国に「代行決定制度から支援つき意思決定制度への転換」を求める勧告を行っている。

本稿は、障害者が他の者と平等に法的能力を有するという条約の基本理念に基づく立場から、一般意見書に適合する法定代理制度の条件を明らかにし、その条件によるわが国の成年後見制度改革の試論を示すことを目的とする。

 

【2.一般意見書の分析】

代行決定制度 para.27 一般意見書は、代行決定制度の廃止を求めている。

【代行決定制度の定義】次のどの条件に該当しても、それは代行決定制度である。

@本人の法的能力を排除する制度。

A本人の意思に反して支援者を任命する制度。

B本人の意思と選好ではなく、客観的最善の利益に基づく制度。

○行為能力と判断能力 para.1213

障害者は常に「法的能力」を有する。それには「権利能力」と「行為能力」を含む。法的能力と判断能力とは異なる。判断能力は多くの要因によって変化する。判断能力の不足を理由に、法的能力を否定してはならない。

○法的能力否定の理由 para.15

機能障害があり、否定的な結果をもたらす決定をすることや、意思決定スキルが不足していることを、「法的能力の排除」のためではなく、「法的能力の行使における支援を提供すべき条件」として用いるべきである。

○「最善の利益」から「意思と選好」へ para.1721

法的能力の行使における支援では、本人の権利、意思及び選好を尊重しなければならない。支援者が努力しても、本人の意思と選好を決定することができない場合は、「最善の利益」ではなく「意思と選好の最善の解釈」により支援をしなればならない。

支援つき意思決定制度の条件 para.29

1)本人の法的能力を排除しないこと。

2)本人の意思と選好(またはその最善の解釈)に基づき支援すること。

3)本人推薦の支援者を選任できる規定と、本人が支援者を拒否し、支援関係を終了し、変更する権利を持つ規定を設けること。

4)支援ニーズに合った意思決定の支援をすること。

5)第三者が支援者の行動に対して異議申し立てできる仕組みを設けること。

6)条約124項に規定する保障(@利益相反の回避・不当な影響の排除、A本人の変動する状況への適合、B短期間の適用、C定期的審査)を適用すること。

()この条件に適合する「法定代理制度」は、条約123項の「法的能力行使への支援」である。

 

【3.意思決定支援 試論】

意思決定支援の定義

法的能力の行使への支援における意思決定支援の定義は、次のようになろう。

意思決定支援とは、機能障害により判断能力に困難のある人が、他の人と平等に、日常生活や社会生活など生活のあらゆる場面において、自らの意思と選好に基づいて法的能力を行使して行動できるように、本人が判断能力を高めるよう支援すると共に、判断能力がなお不足する場合にはそれを補う支援である。この支援は、公式・非公式の様々な種類と程度の支援を含み、支援のニーズに応じて誰でも利用できるように、国が責任をもって提供しなければならない。

○支援のニーズに応じた意思決定支援

障害者が、ある法律行為をするときに、必要な判断能力に対して、本人の判断能力が十分にあれば、自己決定によりその行為を行う。

本人の判断能力が不充分なときには、意思決定支援が必要となる。一定の範囲の法律行為を指定して代理権を付与された法定代理人は、その範囲内の法律行為について、そのときの本人の判断能力に応じて、意思決定支援を行う。支援のニーズに応じた意思決定支援には次の支援レベルがある。

@本人行為レベルの思決定支援

法定代理人は、まず本人が自らその法律行為ができるように、支援をしなければならない。また、その支援の結果であったとしても、本人が自らその法律行為を行えるときには、法定代理人は、代理行為を控えなければならない。

A共同行為レベルの意思決定支援

本人が意思決定支援を受けても、自ら法律行為を行えないか、あるいは自らその行為を行うことに不安があり、かつ本人の意思と選好に基づいた法定代理人の提案に、本人が同意する場合には、本人と法定代理人が共同して、法律行為を行う。このとき、本人に意思能力があれば本人による行為、なければ法定代理人による行為とみなす。

B代理行為レベルの意思決定支援

本人が意思決定支援を受けても自ら法律行為を行えず、また本人が法定代理人の提案に賛否の意思を表明できない場合には、法定代理人は、本人の意思と選好の最善の解釈に基づいて代理行為を行う。

○意思決定支援の要素

意思決定支援の要素

判断能力を高める支援

(法定代理人でなくてもできる)

情報提供の支援

エンパワメントの支援

判断能力を補う支援

(共同行為・代理行為レベルで必要)

本人同意による意思補充支援

本人意思解釈による意思補充支援

意思疎通支援(すべてに必要)

○法定代理人が行う意思決定支援の内容

 以上を図示すると以下のとおりである。同じ人でも、その行為により、またそのときにより、必要な意思決定支援のレベルは異なることに留意する必要がある。

意思決定支援の

レベル

  その行為に必要な判断能力  

契約行為者

0%          ⇔          100

自己決定

支援を受けない判断能力

本人

支援つき意思決定

本人行為

レベル

支援前の判断能力

支援により高められた判断能力

本人

共同行為

レベル

支援前の

判断能力

支援により高められた判断能力

本人または法定代理人

支援により補充された判断能力

代理行為

レベル

支援前の判断能力

支援により高められた判断能力

支援により補充された

判断能力

法定代理人

○共同行為レベルの意思決定支援について

共同で署名し、@本人の意思能力があるときには本人による契約であり、法定代理人署名は本人への同意の表示、A本人の意思能力がないときには法定代理人による代理契約であり、本人署名は法定代理人への同意の表示とみなす。この解釈はなお検討が必要である。

【4.成年後見制度改革 試論】

○成年後見類型と保佐人の同意権・取消権の廃止

 成年後見類型審判、保佐人への同意権・取消権付与審判に、本人の同意・拒否権がない。

成年後見人・保佐人が取消を行うと、本人の行為能力が一方的に排除される。

成年後見人・保佐人は、本人に意思能力があるときの行為も取り消すことができる。

成年後見人の包括的代理権は、本人に意思能力があるときにも代理権を行使できる。

以上は、条約122項の「他の者との平等」原則に抵触するか、「代行決定の定義」に該当するため、成年後見類型および保佐人の同意権・取消権を廃止する。

○保佐類型の補助類型への統合

 類型を設けている国では保護レベルの高い類型に利用が偏るため、保佐類型を補助類型に統合する。さらに本人の同意権を廃止し、法定代理人が上記の「意思決定支援」を行い、次の「支援つき意思決定制度の条件」を加えることにより、一般意見書に適合できる。

1)本人推薦の支援者を法定代理人に選任できる規定と、本人が法定代理人を拒否し、支援関係を終了・変更できる規定を設けること。

2)第三者が法定代理人の行動に対して異議申し立てできる仕組みを設けること。

3)条約124項に規定する保障(@利益相反の回避・不当な影響の排除、A短期間の適用、B定期的審査)を適用すること。

○補助人の同意権・取消権の検討

 補助人への「同意権・取消権」付与は、前記の条件に加え、本人が同意する条件を加えるなら、本人の法的能力を排除することとはならないと思われるため、継続する。

一方、民法改正案の「意思能力を有しないときの行為は無効」条項により、本人の行った自己に不利益な法律行為を、本人あるいは補助人が事後に取り消せる簡易な手続きができれば、「同意権・取消権」付与は不要となり得る。今後の検討課題としたい。

 

()なお、2005年イギリス意思能力法は、学ぶべき点は多いが、判断能力が不足するときの行為能力を否定するため、「代行決定制度」に該当する点に注意する必要がある。

 

 

【ご意見を下さい】

柴田洋弥

  日本自閉症協会常任理事

日本成年後見法学会制度改正研究委員会委員

柴田洋弥Homepage

http://hiroya.info/

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