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柴田洋弥HomePageは知的障害者・発達障害者への支援の在り方を提案します。

知的障害者・発達障害者の意思決定支援を考える

意思決定支援に基づく成年後見制度改革試論 障害者権利条約に沿って

国連障害者権利委員会は2014411日に障害者権利条約第12条の解釈についての意見書を採択し、「代行者による意思決定制度」から「支援付き意思決定制度」への移行を主張した。我が国の成年後見制度は根本的な見直しを迫られている。しかし「意思決定支援」を「意思形成支援」と「意思実現支援」の過程に分けて考え、本人が自ら新たな意思を形成するための「意思形成支援」を徹底する事によって、意見書に沿った成年後見制度改革は可能である。本稿はその試論である。

意思決定支援に基づく成年後見制度改革試論 (改訂)

国連障害者権利委員会意見書「第12条;法律の前における平等な承認」に沿って

 

2014.11.26 

柴田洋弥

 

【本稿の要旨】

 

障害者権利条約は2006年に国連で採択され、我が国では2014219日に発効した。同条約第12条第3項は、知的障害・精神障害・認知症等の精神上の障害者への法的能力行使への支援として、「意思決定支援」を国に義務付けている。

その解釈を巡って、多くの国は「まず意思決定支援をつくして、それができない時には代行決定が認められる」と考えていたが、国際障害同盟は「代行決定は認められず、支援付き意思決定に徹するべきである」と主張していた。

一方、我が国の成年後見制度には「まず意思決定支援をつくす」という考え方に欠け、条約第12条第4項の条件(本人の変動する状況への適合、短期間の適用等)に反して一律に権利を制限しているため、日本成年後見法学会等において見直しが議論されていた。

ところが、2014411日に、国連障害者権利委員会は、一般的意見第1号「第12条;法律の前における平等な承認」を採択した。この意見書の概要は次の通りである。

〇障害者は、他の者と平等に法的能力を有する。法的能力には、権利能力と行為能力が含まれ、両者を分かつことはできない。

〇意思能力と法的能力は異なる。意思能力は状況により変化する。意思能力が欠けることを理由に本人の法的能力を制限する代行決定制度を廃止すべきである。

〇障害者が法的能力を行使するための「支援つき意思決定制度」を設けなければならない。この制度には多様な支援が含まれる。

〇その多様な支援の一部として、本人の法的権利を制限せず、本人の意思と選好に基づいて意思決定支援を行う法定の支援制度(法定代理制度)は、一定の要件の下で可能である。

この意見書は、我が国の成年後見制度改革の議論に大きな課題を提起した。特に、「本人が自損・他損の意思や実現不可能な意思を示すときに、本人の意思・選好に基づく意思決定支援では、本人の権利擁護ができないのではないか」という疑問が生じている。

しかし、「意思決定支援」を「意思形成支援」と「意思実現支援」という2つの過程に分けて考え、本人が自ら新たな意思を形成するための「意思形成支援」を徹底することによって、この課題を解消し、意見書に沿って成年後見制度を改革することは可能であろう。

本稿は、T章で、意思決定支援に基づく法定代理に意見書が求める要件を、U章で、我が国の成年後見制度をその法定代理に適合させる改革案を、V章で、法定代理を含む総合的な支援付き意思決定制度の課題を考察する。

 

 

T章.障害者権利条約第12条と支援つき意思決定制度

 

国連障害者権利委員会の一般的意見第1号「第12条;法律の前における平等な承認」(以下「意見書」という。)は、障害者権利条約(以下「条約」という)第12条第2項における「法的能力」が、権利能力と行為能力を含むことを明確にし、「代行者による意思決定制度」を廃止して、「個人の意思及び選好に基づく支援付き意思決定制度」に置き換えるよう求めている。この章では、意思決定支援に基づき、本人にとってよりよい意思を本人自身が形成するように支援し、その意思を実現する支援として法定代理を位置づけ、その法定代理に意見書が求める要件を明確にしたい。

 

1.障害者権利条約第12条の解釈

条約第12条の第1項・2項・3項本文と、第4項の概要は以下の通りである。(1)

12条[法律の前にひとしく認められる権利]

1項 締約国は、障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する。

2項 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者と平等を基礎として法的能力を享有することを求める。

3項 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。

4項(概要のみ) 法的能力の行使に関する措置において濫用を防止する条件は次の通りである。@本人の権利・意思・選好の尊重、A利益相反の回避・不当な影響の排除、B本人の変動する状況への適合、C短期間の適用、D定期的審査。

この第3項は、知的障害・精神障害・認知症等の精神上の障害者(以下「知的障害者等」という)に対する法的能力行使への支援として、意思決定支援を国に義務づけたものと解される。しかし条文の「法的能力」については、権利能力と行為能力を含むのか、権利能力しか含まないのか、また代行決定や代理決定を認めているのかどうかについて、国連での条約採択以来、解釈が分かれていた。

2010年に横浜で開催された成年後見法世界会議で、フォルカー・リップ教授は「後見人は意思決定の支援をすることが主たる義務であり、後見人の支援があっても本人が意思決定できない場合のみ意思決定の代行が許される」として、意思決定の支援を原則とする「支援的後見制度」を提唱した。(2)

なお同教授は、条約第12条第2項は権利能力と行為能力を含むとの立場をとり、行為能力の自動的制限のある日本の成年後見制度は第12条に抵触するとしつつ、第4項を遵守したドイツ世話法の代行決定は認められるべきであるとしている。(3)

 

2.一般的意見第1号「第12条;法律の前における平等な承認」の概要

このように条約第12条の解釈が分かれている状況に対して、20144月に国連障害者権利委員会は意見書を採択し、解釈を明確にした。意見書の概要は、次の通りである。なお、( )内の数字はパラグラフ番号を示す。

T 序論

(1) 12条では、障害のある人の法律の前における平等の権利を、他の者との平等を基礎として確保するために、具体的な要素について、説明しているにすぎない。

U 12条の規範的内容

12条第2

(12) 法的能力には、権利所有者になる能力と、 法律の下での行為者になる能力の両方が含まれる。

(13) 法的能力と意思決定能力とは異なる概念である。意思決定能力とは、個人の意思決定スキルを言い、同じ人でも環境要因及び社会的要因などによって変化する可能性がある。意思決定能力の不足が、法的能力の否定を正当化するものとして利用されてはならない。

(14) 法的能力は二つの要素から成る。第一の要素は、権利を有し法律の前に法的人格として認められる法的地位である。第二の要素は、これらの権利に基づいて行動し、それを法律で認めてもらう法的主体性である。法的能力に関するこれらの要素はともに、障害のある人が実現すべき法的能力の権利として認められなければならない。これらは分けることはできないのである。

12条第3

(17) 法的能力の行使における支援では、障害のある人の権利、意思及び選好を尊重し、代行者による意思決定を行うことになってはならない。「支援」とは、さまざまな種類と程度の非公式な支援と公式な支援を包含する広義の言葉である。障害のある人は、信頼のおける支援者を選び援助してもらうことや、ピアサポート、権利擁護、コミュニケーション支援などを求めることができる。事前計画は支援の重要な一形態であり、これにより自らの意思と選好を示すことができる。障害のある人には、事前計画に参加する権利がある。

12条第4

(20) 12条第4項の保護措置のおもな目的は、個人の権利、意思及び選好の尊重を確保することでなければならない。

(21) 著しい努力がなされた後も、個人の意思と選好を決定することが実行可能ではない場合、「意思と選好の最善の解釈」が「最善の利益」の決定に取ってかわらなければならない。

(22) 意思決定を他者の支援に依存している者の場合、不当な影響が悪化する可能性がある。法的能力の行使に関する保護措置には、不当な影響からの保護を含めなければならない。この保護は、間違いを犯す権利を含む、個人の権利、意思及び選好を尊重するものでもなければならない。

V 締約国の義務

(26) 締約国は、代行者による意思決定制度を、個人の自律、意思及び選好を尊重した支援付き意思決定に置き換える法律と政策を開発する行動を起こす必要がある。

(27) 代行者による意思決定制度には、共通の特徴がある。@個人の法的能力が排除される。A当事者の意思に反して、当事者以外の者が代行意思決定者を任命できる。B代行意思決定者によるいかなる決定も、当事者の意思と選好ではなく、客観的に見てその「最善の利益」となると思われることに基づいて行われる。

(29) 支援付き意思決定制度は、個人の意志と選好に第一義的重要性を与え、さまざまな支援の選択肢から成る。支援付き意思決定制度は、多様な形態をとる可能性があり、それらすべてに、以下の重要な規定が盛り込まれなければならない。

(b) 法的能力の行使における支援は、客観的に見て個人の最善の利益と認識されることではなく、個人の意志と選好に基づいて行われなければならない。

(d) 個人によって正式に選ばれた支援者の法的承認が利用可能であり、国は支援の創出を促進する義務を有する。これには支援者の行動に対して第三者が異議を申し立てられる仕組みを含めなければならない。

(g) 人は、いかなる時点でも、支援を拒否し、支援関係を終了し、変更する権利を持つものとする。

W 条約の他の規定との関係

(34) 法的能力の行使において合理的配慮を受ける権利は、法的能力の行使において支援を受ける権利とは別であり、これを補完するものである。

(40)本人の同意を得ていない又は代行意思決定者の同意を得た、本人の意思に反する施設への監禁は、現在も問題となっている。締約国はこのような慣行を廃止しなければならない。

(41) 締約国は、保健医療専門家に対し、いかなる治療についても、十分な説明に基づく自由な同意を、障害のある人から事前に得ることを義務付け、代行意思決定者が障害のある人の代わりに同意することを認めない義務を有する。

(42) 精神科及びその他の保健医療専門家による強制治療は、医学的治療を選択する法的能力を否定する。締約国は、障害のある人が危機的状況下を含め常に決定を下す法的能力を尊重し、サービスの選択肢に関する情報の提供と、非医学的アプローチの利用を確保し、自立支援へのアクセスを提供しなければならない。

(45) 締約国は、障害のある人の社会的ネッ トワークと、地域社会による自然発生的な支援(友人、家族及び学校など)を、支援付き意思決定への重要な鍵として認めなければならない。

(46) 障害のある人の人権を尊重するには、脱施設化を達成しなければならず、個人がどこで誰と生活するかという選択が、法的能力の行使における支援へのアクセスの権利に影響を与えるものとなってはならない。

X 国内レベルでの実施

(50)締約国は、以下の措置をとらなければならない。

(a)代行者による意思決定制度の廃止が必要である。締約国が、法的能力の権利を保護する法律用語を考案することが推奨される。

(c) 12条を実施するための法律、 政策及びその他の意思決定プロセスの開発と実施において、障害のある人とその代表団体を通じて緊密に協議し、その積極的な参加を得る。

この意見書概要は、「障害保健福祉研究情報システム」の翻訳を元に、筆者において編集したものである。(4)

 なお、この意見書の英語原文にあるsubstituteを、翻訳原文は「代理」と訳しているが、筆者は「代行」という訳語を当てた。その理由を次に述べる。

 

3.「代行」と「代理」

意見書における「代行者による意思決定制度」の英語原文は、「substitute decision-making regimes」である。「substitute」は、日本語では「代理」とも「代行」とも訳される。

我が国の民法(以下「民法」という。)第99条は「代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。」と規定している。つまり「代理」とは、本人に権限があることを前提として、代理人が本人のために行う法的行為である。この代理には、「任意代理」と、「法定代理」がある。

「任意代理」は、本人からの委任に基づいて行われる。民事裁判での弁護士は、本人に「こうしたい」という意思はあるがそれを単独で実現する力が不足しているときに、その本人意思が実現するように代理決定する。このように、任意代理人による代理決定は、本人の意思決定の拡張であって、本人の行為能力を制限しない。弁護士等による任意代理は、国民の誰もが利用する「法的能力の行使への支援制度」であり「意思決定支援」である。このように考えると、条約第12条が「代理決定」を全否定しているのではなく、少なくとも任意代理を認めていることは明らかである。

これに対して、法律に基づき本人以外の者に代理権が与えられる場合を「法定代理」と言う。この場合は、後述するように、本人の権利を制限しないための仕組みが必要である。

一方、民事保全法には、代表取締役の暴走に対して、裁判所が代表取締役の職務権限を停止して、その職務を「代行」する者を選任する規定がある。このように「代行」とは、一般的に、本人の権限を停止・排除した上で、代行者が自らその権限を行使する意味で用いられる。市長や法人理事長の職務代行者も同様である。

意見書(27)では、 代行者による意思決定制度の特徴として、@個人の法的能力が排除されること、A当事者の意思に反して代行意思決定者が任命されることを挙げている。このことを考慮すると、「substitute」は主に前記の「代行」を指しているものと思われる。そのため、筆者は「代行」の訳語を用いるが、「法定代理」も含まれる可能性があることに留意する必要がある。

 

4.イギリス意思能力法

1999年に欧州評議会は「判断能力不十分な成年者の法的保護原則」として次のように定めた。@支援と保護は本人の状況と必要に応じて柔軟でなければならない。A法的能力は変動するので機械的に完全に剥奪してはならない。B支援と保護は本人の基本的人権に対して最小制約的でなければならない。Cあらゆる支援手段は本人の意向を尊重したものでなければならない。D本人が自ら意思決定できるように支援しなおできない場合に限り代行決定が許容される。

これを受けて、イギリスは2005年に意思能力法を制定し、2007年には「2005年意思能力法行動指針」を定めた。

意思能力法は、「@まず本人が意思決定できるように支援を尽くす、Aそれができないときの代行決定は本人の最善の利益により最小制約的に行う、B意思決定支援と代行決定は法定代行者の他に介護・治療する者等が行う」などと定めている。「本人が意思決定できるように支援を尽くす」という考え方や「本人の最善の利益」に配慮する考え方は、我が国の成年後見制度に欠けていた視点であり、参考にすべき点が多い。

しかし、いったん「本人の意思能力がない」と判断されれば、本人の行為能力、つまり法的能力が否定されるところに、意思能力法の根本的な問題がある。国連障害者権利委員会の「意見書」を理解するに当たっては、この意思能力法と比較する方法がわかりやすいため、ここでその概要を紹介したい。

1条[諸原則]…@能力を欠くと確定されない限り、人は能力を有すると推定されなければならない。A本人の意思決定を助けるあらゆる実行可能な方法が功を奏さなかったのでなければ、人は意思決定ができないとみなされてはならない。B賢明でない判断をするという理由のみによって意思決定ができないとみなされてはならない。C能力を欠く人のための行為や意思決定は本人の最善の利益のために行われなければならない。Dその行為や決定が行われる前に、より一層制約の小さい方法で目的が達せられないかを考慮すべきである。(この原則は、本法による全ての意思決定に適用する。)

2条[能力喪失者]特定の意思決定をそれが必要なときに独力で行えないときに、そのことについて能力を欠くと定義される。本人の能力の判定は、その意思決定がなされるときに本人と直接に関わっている人(介護・治療に当たる人、法定代行者等)が行うが、必要により家族や友人、専門家の意見を求める。

3条[意思決定ができないということ]…独力で意思決定ができないとは、当該意思決定に関する情報を、@理解できない、A保持できない、B利用・比較衡量できない、またはC本人の意思を伝えられない、のいずれかに該当することである。

4条[最善の利益]…意思決定にはできる限り本人が参加する。意思決定者が考慮すべきことは、@本人の過去・現在の要望・感情、本人の信念・価値観等。本人の最善の利益について見解を考慮すべき人は、@本人が名前を挙げた人、A本人の介護者等、B法定代行者、B永続的任意代理人。

5条[介護又は治療に関する行為]…介護・治療において本人が決定できない時の意思決定は、@介護については直接介護を行う者(福祉職員・家族・ボランティア等)が、A治療(精神保健法の強制治療を除く)については医師が行う。本法の原則により行われた意思決定は、責任を問われない。

6条[第5条の行為の限界]…意思決定者が本人を抑制できるのは、本人に危害が及ぶ可能性が高く、かつその危害が深刻な場合に限る。

16条[裁判所の一般的権限]…身上福祉又は財産管理に関して本人が能力を欠く場合に、裁判所は法定代行者を任命し意思決定を代行させる権限をもつ。(法定代行者は複数も可。家族・本人をよく知る人がなる場合が多い。)

20条[法定代行者の権限の制限]…法定代行者は、ある事項について本人に能力があるときは、本人に代わって意思決定する権限を有しない。

272829条…家族関係・精神保健法関係(強制的入院・治療)・投票権は、本法の対象外である。

35条[独立意思能力代弁人制度]…重大な治療・入所・入院の意思決定のときに、無能力者に中立的な立場から安心を提供する。(略称をIMCAという。)

42条[行動指針]…大法官は本法の指針を発令する。(実例を上げて解説)

57条[公的後見人]…法定代行者を監督し、保護裁判所(上級裁判所)に報告する。

この概要は「イギリス2005年意思能力法・行動指針」(新井誠監訳、紺野包子翻訳、民事法研究所発行)を参照して筆者が作成したものである。ただし、原英文の「deputies」を原訳では「法定代理人」と訳しているが、障害者本人の法的能力を否定した上で意思決定を代行する人であるから、ここでは「法定代行者」と訳した。また「a done of a lasting power of attorney」を原訳では「永続的代理人」と訳しているが、本人から受権された代理人であるから、ここでは「永続的任意代理人」と訳した。(5)

 

5.法的能力・行為能力・意思能力

 意見書は、今まで混乱していた「法的能力・権利能力・行為能力・意思能力」について、次のように明確な概念整理を行った。

1)条約第12条における「法的能力」は、「権利能力」と「行為能力」により構成される。「権利能力」は「権利を有し法律の前に法的人格として認められる法的地位」、「行為能力」は「これらの権利に基づく行動を法律で認めてもらう法的主体性」であり、両者を分かつことはできない。

2)条約第12条は、障害者に新たな権利付与を求めているのではなく、他の者と平等に、生活のあらゆる側面において「行為能力」を享有することを求めている。

3)「意思能力」(意思決定能力)は「個人の意思決定スキル」を言い、人によって異なり、同じ人でも環境要因及び社会的要因など、多くの要因によって変化する可能性がある。

4)「法的能力」と「意思能力」は異なる概念である。意思能力の不足が、法的能力(特に「行為能力」)の否定に使われてはならない。

近代市民社会が成立して以来、「法的能力と意思能力は同じ」とする暗黙の前提があり、そのために知的障害者等は社会の平等な一員として受け入れらなかった。

「法的能力と意思能力は異なる」という新たな考え方を可能とする鍵は、第12条第3項に示された「法的能力行使への支援」にある。意思能力が不足する知的障害等も、この「法的能力行使への支援」により法的能力を行使できることになる。

イギリスの意思能力法は、第1条で「能力を欠く人のために、あるいはその人に代わって、本法の下でなされる行為または意思決定は、本人の最善の利益のために行われなければならない。」と規定しているが、ここでの「能力」は「行為能力」を意味している。また第2条で「精神若しくは脳の損傷又は機能障害のために、ある事柄に対して意思決定をすべきときに独力で意思決定ができない場合、その人はその事柄について能力を欠くと定義される」と規定しているが、ここでの「能力」は「意思決定能力」を意味している。このように意思能力法は、「能力」(capacity)という同じ単語を用いることにより「行為能力」と「意思能力」を同一のものとしている。(5)

このように、いったん「本人の意思能力がない」と判断されれば、本人の行為能力、つまり法的能力が否定されるところに、意思能力法の根本的な問題がある。

我が国では、民法に「有効な法律行為をするためには意思能力が必要である」との規定はないが、判例により「意思能力を欠く人の法律行為は無効である」とされている。(6)

この「意思能力」は民法の事理弁識能力に当たるとされ、例えば飲酒酩酊のように、時により、また対象となる事柄によっても異なると考えられている。この判例は、意思能力を欠く状態の時に行った法律行為を事後に本人が取り消すことができる権利を認めたものと解釈されており、意思能力の有無によりただちに行為能力を制限するものではない。しかし、現在法制審議会で契約に関する民法改正が議論されているが、その結論によっては、新たな行為能力制限を設けることとなる可能性があり、注意を要する。(7)

一方、我が国の成年後見制度において、成年被後見人・被保佐人は、精神上の障害により事理を弁識する能力(意思能力)について、「欠く常況」、「著しく不十分」の状態にある者とされるが、これは、時により、また事柄により、本人の意思能力があり得ることを想定している。しかし、成年後見人・保佐人が有する「取消権」は、本人に意思能力がある時にも一律に本人の行為能力を制限する制度である。この点では、イギリス意思能力法よりもさらに差別的であると言えよう。

 

6.支援付き意思決定制度

 意見書は、条約第12条第3項に定める「法的能力行使への支援」を、本人の意思と選好に基づく「意思決定支援」として行うこと、この支援は多様であり、それを「支援付き意思決定制度」として制度化することを求めている。「支援付き意思決定制度」には、次のようなことが求められる。

1)従来の「代行者による意思決定制度」は、本人の法的能力の排除、本人意思に反した代行者の任命、最善の利益に基づく代行者による意思決定、という共通の欠点がある。

2)「支援付き意思決定制度」には、支援者による援助・ピアサポート・権利擁護・コミュニケーション支援・事前計画など、公式・非公式の多様な支援を含む。社会的ネッ トワークと、地域社会による支援(友人・家族・学校など)が重要である。

3)本人が選ぶ支援者の法的承認が可能であり、また本人がいつでも支援を拒否し、変更し、終了する権利を持つことが必要である。

4)支援をつくしても本人の意思と選好を決定できないときには、客観的に見て個人の「最善の利益」と認識されることではなく、「意思と選好の最善の解釈」によって支援する。

5)第12条第4項の保護措置のおもな目的は、個人の権利、意思及び選好の尊重を確保することである。支援のあらゆるプロセスに、この保護措置を設けなければならない。特に支援者と被支援者の相互作用により生じる不当な影響からの保護、支援者の行動に第三者が異議を申し立てられる仕組みを含めなければならない。

ここで意見書が「支援付き意思決定制度」としているのは、単に従来の成年後見制度の置き換えではない。支援者による援助のほかに、様々な障害福祉サービスや支援計画、家族や友人等の地域の支援体制の総合的な仕組みにより、本人の法的能力の行使を支援する制度であることに留意する必要がある。

 

7.意思実現支援

上記の多様な「支援付き意思決定制度」の中に、支援者と被支援者本人との相互作用による意思決定支援が含まれる。この相互作用による「意思決定支援」には、「意思形成支援」と「意思実現支援」という2つの過程があると筆者は考えている。(8)

「意思実現支援」というのは、「こうしたい」という本人の意思があり、その意思の実現が本人にとって大きな不利益とならず、また環境条件からも実現可能であるが、本人が単独では実現できない、という場合に行う意思決定支援である。

例えば、本人は「施設から出たい」と意思を表明しているが、本人だけではそれを実現する方法が分からない場合に、支援者は、本人が理解しやすいように情報提供を行い、どんなグループホームを利用するのか、あるいはどのようにホームヘルプ等を利用して自立生活をするのか等を、本人が自分で意思決定できるように支援する。あるいは、本人の望むグループホームやホームヘルプサービスが足りない時には、新たなサービスが創設されるように環境に働きかけて、本人の意思を実現する。

このように、漠然とはしていても核となる本人意思や選好があることを前提として、それに沿ってより現実的な意思決定を本人がするよう支援し、その意思を実現する支援が、「意思実現支援」である。上述で述べた弁護士による「任意代理」は、この「意思実現支援」でもある。

このような「意思実現支援」が、意見書が述べる「本人の意思と選好に基づく意思決定支援」に該当することは明らかである。

 

8.意思形成支援

一方、本人が表現する意思の通りにすると、本人に重大な不利益が生じる場合がある。本人の財産を大きく損なう場合、健康を害するような食生活の場合、違法行為や反社会的行動によって地域社会に受け入れられない場合、自分や他人を害するような激しい行動障害を繰り返す場合などである。

あるいは、本人の表明する希望が、本人に不利益を及ぼす訳ではないが、それを現実の社会ではどうしても実現できない場合がある。

このような場合には、その意思をそのまま実現するよう「意思実現支援」をするのではなく、まず本人が自身にとってより良い意思を自ら形成するように支援を行う事が重要であり、それを筆者は「意思形成支援」と名付けている。この「意思形成支援」は、次の3つの過程から成り立つ。(8)

1)支援者はまず、本人がそのような意思を持つに至った様々な事情や背景と、何が何でもそうしたいという本人の切実な衝動や思いの奥に隠された「本当の願い」を理解し、受けとめ共感することによって本人との間の信頼関係を醸成する。本人が支援者に安心感と信頼感を持つことが決定的に重要であり、これがなければ次の過程に進むことはできない。

2)次に支援者は、本人の表明している意思が本人とって不利益な結果になることや実現不可能なことを、本人が理解できるようにわかりやすく説明・情報提供する。また、本人の心の奥にある「本当の願い」や現実的な環境条件を考慮して、「本人にとっての最善の利益」に配慮した解決策を、わかりやすく提案して話し合う。このとき、支援者は自分の提案を本人に押しつけようと説得してはならない。決定するのはあくまでも本人なので、本人の主体性を尊重し、相互の関わりや交流を通して、本人が自ら新たな意思を形成するよう支援する。

3)このような信頼関係に基づく様々なやりとりをとおして、本人は支援者の信頼に応えて、その人なりに新たな、そして実現可能な「本人にとってより良い意思」を形成するようになる。その新しい意思は、支援者の提案から見ると次善の策かもしれないし、多少の失敗は含んでいても、本人に重大な不利益が生じないのであれば、よしとする。人は自ら行った失敗の経験を通して成長していくものである。本人が心から納得して、この新たな意思を自ら決定することが重要である。

このような「意思形成支援」を通じて、新たに「本人によってより良い意思決定」が形成されると、支援者は、その新たな意思が実現するように「意思実現支援」を行う。

これらの「意思形成支援・意思実現支援」の総体が「意思決定支援」である。

意思決定支援における「意思形成支援」についての事例を紹介したい。毎年新たに刑務所に入る人の内、約4分の1が知的障害のある人であると言われ、このような人への司法と障害者福祉の連携による支援が取り組まれるようになってきた。窃盗や放火など反社会的な行動を繰りかえしたり、浪費癖や虚言癖のある人の中には、幼少期から親との充分な愛着・信頼関係を結べなかった人も多い。このような知的障害者の社会復帰を支援している施設「かりいほ」(栃木件)の石川恒施設長は、「生き難さを抱えた人達を支援するためには、どれだけその人に関わることができるか、その関わりの中で本人がどれだけ安心し、どれだけ自信を持って生活できるようになるかが重要である」「我々がどんなに『こうした方がいいよ』と彼らに言っても、彼らが自分から『そうしよう』と納得しないと、解決しない。我々がしているのはまさに『意思決定支援』だと思う」と語る。(8)

この人たちの場合は、時間をかけて支援者への安心感と信頼感を築き、丁寧な関わりを重ねた上で、本人自身が納得して「放火や窃盗をやめて、働きながら新しい人生を送ろう」と、本人にとってよりよい意思を形成するように支援することが必要である。この過程が「意思形成支援」であり、その上で、この新たな本人の「意思」が実現するように、地域社会の中で本人を支える様々な支援のシステムを作り上げる支援が「意思実現支援」であり、それら総体が「意思決定支援」である。

本人が自損・自傷の意思を持っている場合に、あるいはその環境では実現不可能な意思を持っている場合に、従来は本人の行為能力を取り上げて、他者による代行決定が行われて来た。しかし、支援者が、本人との信頼関係を基にここで述べたような丁寧な「意思形成支援」を行うなら、「本人の意思と選好に基づいた支援付き意思決定制度」でも充分に本人の権利擁護が可能である。

なお「本人にとっての最善の利益」は、イギリスの意思能力法のように「代行決定」の手法としてではなく、ここに述べたように、「意思形成支援」の過程における支援者の配慮事項として重要である点を確認しておきたい。

 

9.意思と選好の最善の解釈

イギリスの意思能力法は、本人への意思決定支援をつくしても本人が単独で決定できない時には、本人の「行為能力」を否定して代行決定者による意思決定に移行し、その「代行意思決定」の手法として「本人の最善の利益」を位置づけている。意見書は、その「代行意思決定」を批判しているのである。

「最善の利益」という用語は、「周囲の人や社会にとっての最善の利益」と解される場合もある。そうならないよう、意思能力法は「本人の最善の利益」を強調している。しかし「最善の利益」はあくまでも支援者が考えるものであるから、「支援者が客観的にみた本人の最善の利益」という視点は排除できない。

意見書(21)は「著しい努力がなされた後も、個人の意思と選好を決定することが実行可能ではない場合、『意思と選好の最善の解釈』が『最善の利益』の決定にとって代わらなければならない。」と述べている。また意見書(29-b)は「法的能力の行使における支援は、客観的に見て個人の最善の利益と認識されることではなく、個人の意志と選好に基づいて行われなければならない。」としている。

最重度知的障害や重症心身障害・遷延性意識障害等のある人については、明確な意思を読み取れない場合が多い。しかし多くの場合は、どういう環境なら心地よさそうだとか、逆に嫌なようだとか、その感情や好みを表情や体の動きで読み取ることができる。このような本人の選好を元に、本人がより楽しく感じる日常生活を送れるように様々な日常生活の支援を組み立てて行くならば、「本人の意思と選好の最善の解釈」による支援が可能となろう。

もし「客観的に見た個人の最善の利益」として、機能訓練に毎日が費やされるならば、本人にとっては極めて不幸な人生であろう。意見書はこのようなことを指摘しているものと思われる。

 

10.法定代理人の要件

意見書(29-d)は支援付き意思決定制度について「個人によって正式に選ばれた支援者の法的承認が利用可能であり、国は支援の創出を促進する義務を有する。これには、支援者の行動に対して第三者が異議を申し立てられる仕組みを含めなければならない。」と述べている。

これは、支援付き意思決定制度の多様な形態の1つとして法定支援者を想定し、裁判所等が、本人が選ぶ支援者を含めて法定支援者を選任できる仕組みと、法定支援者の行動に第三者が異議申し立てをできる仕組みを求めているものと解釈できる。

もしこの法定支援者の選任にあたって本人の同意を要件とするのならば、これを任意代理と同様にみなすことも可能であろう。

しかし意見書は、法定支援者の選任に対して「本人の同意」の要件を求めてない。このような要件を付けると、最重度知的障害等のある人が選任同意の意思を明確に表明できない場合に、裁判所等が法定支援者を選任できなくなる恐れがあるためであろう。

一方、意見書(29-g)は支援付き意思決定制度について「人は、いかなる時点でも、支援を拒否し、支援関係を終了し、変更する権利を持つものとする。」と述べている。これは、法定支援者についても、本人が拒否権をもつ仕組みを求めていると解釈できる。

最重度知的障害等のある人が、この拒否の意思を表明することは、現実的に考えにくい。しかし、何らかの意思表示ができる人の場合は、法定支援者への拒否を表明する事が可能であり、それは法定支援者選任への本人同意と同様の効果があると考えられる。

とするならば、法定支援者への本人の拒否権を設定することにより、この法定支援者による代理意思決定を、任意代理と同様に、本人への意思決定支援の一部と位置づけることが可能である。以下、これを「法定代理人」と言う。

ただし、過剰な代理行為によって本人の権利と意思と選好が排除されないように、条約第12条第4項の保護措置を完全に適用する必要がある。

意見書(27)は、「代行者による意思決定制度には、以下の共通の特徴がある。@個人の法的能力が排除される。A当事者の意思に反して、当事者以外の者が代行意思決定者を任命できる。B代行意思決定者によるいかなる決定も、当事者の意思と選好ではなく、客観的に見てその『最善の利益』となると思われることに基づいて行われる。」と述べている。

この指摘を踏まえて、「法定代理人が意思決定支援として機能するための要件」を整理すると、次のようになろう。

1)条約第12条第3項に定める「法的能力行使への支援」の一部として、法定代理人の制度を定める。法定代理人は、本人の意思と選好に基づいて意思決定支援を行うことが任務であり、意思決定支援の一部として代理決定を行う事ができる。

2)法定代理人の選任は裁判所等が行う。また、本人が選んだ支援者を法定代理人に選任する規定を設ける。本人は、いつでも支援を拒否し、支援関係を終了し、変更する権利を持つ。

3)法定代理人の制度は、条約第12条第4項の保護措置(@本人の権利・意思・選好の尊重、A利益相反の回避・不当な影響の排除、B本人の変動する状況への適合、C短期間の適用・定期的審査)に完全に適合しなければならない。

4)法定代理人の行動に対して、第三者が異議申し立てできる仕組みを設ける。

 

 

U章.成年後見制度の改革

 

 前章では、意見書が示す条約第12条の解釈に従って、法定代理人の要件について整理を行った。これに基づいて、本章では、我が国の成年後見制度改革の試論を述べたい。

 

1.成年後見制度の概要

我が国の成年後見制度の概要は次の通りである。表中の( )内の数字は、民法の条数を表す。

 

成年後見類型

保佐類型

補助類型

審判開始の要件と本人同意

事理弁識能力を欠く常況にある者(7)

事理弁識能力が著しく不十分である者(11)

事理弁識能力が不十分である者。審判開始には本人同意が必要(15)

本人の法律行為への後見人等による同意・取消しと本人同意

日常生活に関する行為を除き、取消可能(9)

131項の重要法律行為は保佐人同意が必要。それ以外の行為も同意必要と審判できる。同意を得ない行為は取消し可能(13)

131項の中の特定の法律行為は、補助人同意が必要と審判できる。同意を得ない行為は取消し可能。この審判には本人同意が必要(17)

後見人等の代理権と本人同意

後見人は被後見人の財産を管理し、その法律行為について被後見人を代表する(859)

特定の法律行為について保佐人に代理権を付与する。この審判には本人同意が必要(876-4)

特定の法律行為について補助人に代理権を付与する。この審判には本人同意が必要(876-9)

 

2.成年後見人等の同意権・取消権の廃止

民法第9条により、成年後見人は本人の日常生活以外の法律行為への取消権を、同第13条により、保佐人は本人の重要な法律行為及び特定の行為への同意権と取消権を、それぞれ有する。つまり成年被後見人・被保佐人は、それに対応する行為能力を制限される。意見書によれば、この行為能力制限が条約第12条第2項に違反することは明白であり、民法第9条・第13条は、速やかに廃止すべきである。

なお、同意権・取消権が一律に設定されるか否かに関わらず、「同意権・取消権」を設定すること自体が条約第12条に違反することを確認しておきたい。

また、民法第17条により、民法第13条第1項に示された重要な法律行為の中の特定の法律行為について、補助人にも「同意権・取消権」が付与されることがある。被補助人の場合は、本人に重大な不利益を及ぼすような契約を行う可能性が実際にあり得るため、補助人に付与される「同意権・取消権」については、継続を望む意見が強いと思われる。さらに、民法第17条により補助人への「同意権・取消権」の付与には本人同意が必要であり、また同第15条により補助開始の審判にも本人の同意が必要であるため、「本人が同意しているから許容されるのではないか」という疑義が生じる。

しかし、補助人に付与される「同意権・取消権」が、被補助人の「行為能力」を制限することに変わりはない。意見書(14)が、法的能力を構成する「権利能力」と「行為能力」を分けることはできないと述べていることに留意するならば、一部分とは言え本人の行為能力を奪うことは「法的能力」そのものを奪うことであり、障害者が他の者と平等に法的能力を享有すると定める条約第12条第2項に違反していることは明らかである。これは、本人が同意したからと言って本人の生命を絶つことが許されないことと同じである。民法第17条は、第9条・第13条とともに廃止されなければならない。

では、被補助人等が本人に重大な不利益を及ぼすような契約を行う可能性について、どう対応すべきであろうか。

まずは、本人が自分に極めて不利益な契約を結ぶ前に、補助人等は本人への意思決定支援に努めるべきである。その契約をしないか、あるいは軽微な損失の契約に変えるなどの意思形成を本人自身ができるように、本人との信頼関係を築いて根気よく支援することが重要である。

それでも本人がそのような契約を結んでしまった場合には、民法第94条[虚偽表示]、第95条[錯誤]、第96条[詐欺又は脅迫]や民法第2章[契約]の条項、消費者基本法等を活用して、契約の無効、取消、解除等の対策を講じる必要がある。もし既存の法律で充分に対応できなのならば、本人の行為能力を制限しないで保護できる新たな権利保護立法を検討すべきである。 (9)

 

3.成年後見類型の廃止

 成年後見開始の審判があると、民法第859条により、後見人は被後見人の日常生活を除く全ての財産を管理し、その法律行為について被後見人を代表することとなる。

一方、条約第12条第4項は、法的能力の行使に関する措置において乱用を防止するための条件として「障害者の状況に応じ、かつ適合すること、可能な限り短い期間に適用されること」等を求めている。民法第859条の規定は、成年後見開始の審判と同時に自動的に開始され、本人の状況に応じて変更することができず、また短い時間に適用することもできない。その結果、日常生活を除いて、本人の財産に関する行為能力が実質的に排除され、条約第12条第2項にも違反している。従って、民法第859条は、速やかに廃止されるべきである。

このように、成年後見人の「取消権」も「財産管理権・包括的代理権」も廃止すると、成年後見類型の全機能が無くなるので、成年後見類型そのものを廃止すべきである。

 

4.保佐・補助を法定代理へ

 上述のように、民法第13条・第17条を廃止すれば、保佐人と補助人の機能は、裁判所から付与された特定の法律行為についての代理権行使のみとなる。保佐類型と補助類型の違いは、審判開始に当たって、保佐類型は本人同意を必要とせず、補助類型は本人同意を必要とすることだけである。

 この保佐類型と補助類型の見直しについて、最重度知的障害等のある人のような本人同意の困難な人を保佐類型に、一方本人同意の可能な人を補助類型にする方法も考えられる。しかし、本人が同意意思を表現できるかできないかを判別することは、実際には困難であろう。

 そこで、保佐類型と補助類型を統合して、前章で提案した「法定代理人が意思決定支援者として機能するための要件」を満たす制度に移行するよう提案したい。

 これにより本人は、法定代理の審判開始に当たっても、また個別の法定代理者の選任についても、拒否権を行使できる。そのため、従来の補助類型の審判開始時や、補助類型・保佐類型の代理権付与の時にあった「本人同意」の要件を廃止しても、本人権限の縮小にはならない。この「本人同意」の要件廃止は、同意意思を表明することの困難な最重度知的障害等のある人も、法定代理人の権利擁護サービスを利用可能とするためである。

また、例えば本人がその全財産を失うような契約をしようとする場合に、従来なら、本人の意思を無視して契約を認めないという対応があったかもしれない。しかしこれでは本人の信頼が得られず、本人が法定代理人を拒否することもあり得る。時間とエネルギーが必要であるが根気よく本人との信頼関係を築いて、「財産の一部を使う」などの次善策でも、本人にとって「よりよい意思決定」を本人が納得して行うように意思形成支援し、その新たな意思が実現するように支援すれば、意見書が求める「本人の意志と選好」に基づく支援が可能であろう。

以上のように、我が国の成年後見制度については、まず成年後見類型を廃止し、保佐・補助類型を統合し、同意権・取消権と本人同意要件を廃止して、その上で、本人が選ぶ支援者を法定代理人に選任でき、本人がいつでも支援を拒否・終了・変更でき、第三者が異議申し立てできる規定を設け、条約124項の保護措置を完全に実施するなら、条約12条の求める「本人の意思と選好に基づく支援付き意思決定制度」としての法定代理制度に改革することが可能である。

 

 

V章.総合的な支援付き意思決定制度の構築

 

意見書(17)は、条約第12条第3項が求める「法的能力の行使における支援」として、法定代理だけではなく、多様な支援を含む「支援付き意思決定制度」を求めている。

これについては、2008年に国際育成会連盟が発表した「意思決定支援の主要要素」が参考になる。その概要は次の通りである。(10)

@セルフ・アドボカシーを促進・支援する。

A一般的制度を利用する。

B後見制度を意思決定支援制度に段階的に置き換える。

C支援ネットワークを強めるように支援する。

D支援される障害者が支援者を選べるようにする。

E特に重度の知的障害者の意思疎通バリアを除く。

F間違いを許容し、虐待や損害から守られるように情報提供し、本人と支援者との間の問題を回避する手段を設ける。

G支援ニーズの高い人ほど保護を手厚くする。障害者権利条約第12条第4項の保護を遅滞なく実行する。

例えばカナダのマニトバ州では、1990年代から、知的障害者に対する家族や友人によるサポートネットワークを本人の意思決定支援組織として位置付け、それを後方支援する公的組織と、日常生活を支援するパーソナルアシスタントとによる地域生活支援の体制を整えている。その意思決定支援がうまく機能しない場合に、本人の行為能力を制限して法定代行者が決定する点は条約第12条に違反しているが、この法定代行制度を、上述のような法定代理制度に改革するならば、意見書が求める総合的な「支援付き意思決定制度」にできる可能性がある。(11)

我が国でも、前章で述べた法定代理制度だけでなく、障害者福祉相談支援事業や地域包括支援センター等の福祉制度や権利擁護の諸制度とも連携し、地域社会における家族や友人等からの支援も含めた総合的な「支援付き意思決定制度」を構築して行かなければならない。

このような総合的な「支援付き意思決定制度」が充実するにつれて、法定代理を必要とする機会は減っていくものと思われる。どのような場合に法定代理制度を利用するかという問題は、総合的な「支援付き意思決定制度」の整備と関連する今後の重要な検討課題である。治療同意、精神科入院や施設入所時の同意についても、これらとの関連で検討されるべきであろう。

 本稿が、今後の成年後見制度改革と総合的な「支援付き意思決定制度」の構築に活用されれば幸いである。

 

 

【参照】

(1) 外務省訳「障害者の権利に関する条約」参照。125項は省略した。

(2) 矢頭範之「フォルカー・ リップ『自律と成年後見:敵か味方か?』傍聴記」実践成年後見36号(民事法研究会、2011年)参照。

(3) フォルカー・リップ(田山輝明訳)「成年者の保護、法定代理と国連の障害者権利条約」成年後見制度と障害者権利条約(三省堂、2012年)参照。

(4) 翻訳原文は次を参照。

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/crpd_gc1_2014_article12_0519.html

(5) 新井誠監訳、紺野包子翻訳「イギリス2005年意思能力法・行動指針」(民事法研究会、2009年)参照。

(6) 大審院明治38511日判決・大審院民事判決録11706頁。

(7)2014826日に法制審議会民法(債権関係)部会第96回会議において決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案」では「第2 意思能力 法律行為の当事者が、その法律行為の時に意思能力を有しないときは、その法律行為は、無効とする。」と示されている。この条文案は、条約第12条に反して拡大解釈される可能性があり、早急な検討が必要である。

(8) 柴田洋弥「知的障害者等の意思決定支援について」発達障害研究343号(日本発達障害学会、2012年)参照。

(9) 成年後見法研究10号(民事研究会発行)41頁において、筆者は取消権が役立つと発言したが、ここで訂正しておきたい。

(10) 赤十字奉仕団訳「意思決定支援システムの主要素」(2008)参照

http://nagano.dee.cc/IEpo.htm

(11) 木口恵美子「知的障害者の自己決定支援」(筒井書房、2014年)参照。

 

 

【ご意見を下さい】

柴田洋弥(日本自閉症協会常任理事・日本成年後見法学会制度改正研究委員会委員)

ホームページ  http://hiroya.info/  

柴田洋弥Homepage

http://hiroya.info/

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