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柴田洋弥HomePageは知的障害者・発達障害者への支援の在り方を提案します。

知的障害者・発達障害者の意思決定支援を考える

知的障害者の意思決定支援について…経過と課題 試論

【この試論は、2012年2月4日に関係者にメール配信したものです。】

知的障害者の意思決定支援について…経過と課題 試論

 知的障害者支援にとって、改正障害者基本法に明記された「意思決定支援」は、その中核となる概念である。この概念がどのようにして形成されてきたのか、これからどのような課題があるのかについて、整理を試みた。ただ私が知る範囲による立論のため、多々誤りを含むのではないかと危惧するところである。数日後には(仮称)障害者総合福祉法の原案が示されるという状況であり、今後この試論の修正を求められるかもしれない。とりあえず現時点での試論としてお読みいただき、ご教示いただければ幸いである。

1 知的障害者の意思決定支援を巡るこれまでの経過

1-1 1980年代まで…指導訓練の対象とされた時代 

知的障害者の自己決定を尊重する動きは、1960年代にスウェーデンより始まった。1970年に北欧で合意された「ノーマライゼーション」の理念には、「入所施設から地域社会へ」という生活形態の改革とともに、「保護の対象から自己決定の主体へ」という知的障害者観の改革を含んでいた(大揚社発行「知的障害をもつ人の自己決定を支える…スウェーデン・ノーマリゼーションのあゆみ」参照)。

しかし日本では、1960年の「精神薄弱者福祉法」(1999年「知的障害者福祉法」に改称)施行により通所・入所の知的障害者更生施設の目的を「保護・指導・訓練」と定めて以来、1980年代までは知的障害者を指導訓練の対象としてのみとらえる考え方が主流であった。

1-2 1990年代における知的障害者本人活動の興隆

 1990年にパリで開催されたILSMH(国際知的障害連盟)第10回大会に、日本から5人の知的障害者が参加し(私を含めて約20人の福祉関係者も参加)、状況は一変した。大会では知的障害者が自ら発言し、会議を運営しており、それが国際的な潮流となっていた。スウェーデンの知的障害者たちは「私たちは知的障害があることを認めよう。分からない時には教えてほしい。でも決定するのは私であることを忘れないでほしい」と主張した。その影響で、自らの障害に向き合うこととなった日本の知的障害者は、法律の用語「精神薄弱」を「知的障害」に変えてほしいと希望した。帰国後彼らは活発に発言を始めた。

1991年の全日本育成会大会では本人部会が設けられ、35人が仕事・結婚・生活などについて意見発表した。それを機に1992年にわが国で最初の知的障害当事者組織「さくら会」が結成された。

1990年代前半には、北欧知的障害者会議、スウェーデンへの派遣研修、ピープルファーストカナダ大会への参加など、日本の知的障害者が相次いで国際的な交流に参加し、多くの刺激を受け、国内各地で知的障害当事者組織の結成が進んだ。

全日本手をつなぐ育成会は、知的障害者向けに「私たちにも言わせて…元気の出る本」、新聞「ステップ」、障害受容のための「わたしにであう本」等を発行し、本人活動支援者の研修も実施した。またNHK厚生文化事業団ビデオ「みんなで話そう…障害のこと」等も活用された。こうして1990年代の末には、東京都の障害者施策推進会議やケアマネジャー養成研修に知的障害者が公的な委員や研修協力者として参加するようにまでなった。 

1-3 1990年代の通所施設における「自己決定の尊重」議論

 一方、比較的に重い知的障害者についても、日本精神薄弱者愛護協会(現・日本知的障害者福祉協会)の「通所更生施設運営研究会」(「通所更生部会」の前身)による1990年の職員研修会で「重度知的障害者の自己決定」についての討論が行われ、以後重要な研修課題の一つとなった。

当時は重い障害をもつ人がさまざまな日中活動を行えるような通所施設の制度がなく、更生施設の他にも多様な種類の通所施設が受け入れていた。それらの通所施設職員を対象に1994年に第1回障害者通所活動施設リーダー職員研修会(通称「リーダー研」、1999年にNPO法人全国障害者生活支援研究会「サポート研」に改組)が開催された。その記録集には次のように記されている。「知的障害者はどんなに障害が重くても、自分の人生を自分で決める『自己決定の権利』をもっている。決めるのは本人で、職員はあくまでも援助者である。この原則を具体化するために現状ではどうすればよいかわからなくても、今後の実践でもっと見えてくるはずである」(「重度知的障害者への直接援助技術」・柴田洋弥)。

また1996年に全国社会福祉協議会心身障害児者団体連絡協議会が発表した「障害者活動センター」構想においても、「安心感と自己決定の尊重」が掲げられている。

このように1990年代は、知的障害者福祉の現場において、「指導訓練」から「自己決定の尊重」へと職員の意識が大きく転換した時代である。

1-4 支援費制度における自己決定尊重とその限界

 2003年に障害者福祉は「自己決定の尊重と地域生活支援」を理念とする支援費制度に移行し、居宅介護・移動支援やグループホームの利用が急増した。

 措置の時代には、行政から委託された施設が障害者を「保護・指導・訓練」するという制度であるため、職員は利用者の意見を聴くことなく一方的に「指導計画」を立てていた。支援費制度では、利用者が行政から支給された支援費を使って事業者とサービス利用契約を結ぶ。それに基づいて職員が「個別支援計画」を作成するのであるから、利用者の意思決定を尊重する構造となったはずである。

しかし知的障害者福祉法で、通所・入所更生施設の目的が「保護・指導・訓練」のままに据え置かれていた。支援費制度は「知的障害者が施設を選ぶときには決定権を持っているが、施設に入ってしまえばその中では決定権がない」という構造となっていた。

また福祉サービスの利用契約に当たって、知的障害者にわかりやすい説明を工夫する試みも一部で行われたが普及しなかった。結局、家族の同意署名や代理署名、あるいは成年後見人による代行署名で、ほとんどの施設は済ませてしまった。

2000年に平田厚弁護士が「知的障害者の自己決定権」(エンパワメント研究所発行)を出版した。氏は「本人の自己決定とは、第三者が客観的に見出す『最善の決定』ではあり得ず、いかに客観的には劣っていようとも本人が主観的に表明する『本人の決定』でなければならない」「『本人の決定』が本人に被害を与えてしまうような内容である場合に…必要となるのは、本人との信頼関係を前提とする、本人の決定が十分なものかどうかを本人とともに検証する技術であって、本人への一方的な『指導』ではない」と述べている。また支援費制度と成年後見制度についても考察されている。

残念ながら当時の福祉現場の状況では、これらの課題を研究する余裕がないままに、制度変更への対応に忙殺された。当時の政権の「小さな政府」路線による社会保障費削減政策により、支援費制度は発足当初から財源難に陥り、地方移管案や介護保険統合案等の迷走の末に、障害者自立支援法に移行した。

1-5 「介護」偏重の障害者自立支援法による混乱

 2006年に始まる障害者自立支援法は、身体・知的・精神の三障害福祉サービスを統合した。重度者の通所事業「生活介護」(不適切な名称だが)を初めて法制化する等評価すべき点もあるが、全体的には知的障害者について理解が低い制度設計であった。ケアホーム・生活介護・施設入所支援等の介護給付事業は「食事・入浴・排泄の介護」が目的とされたが、知的障害者への支援を「介護」で表すことはできない。

「障害程度区分」については、身体障害の状態を基にした介護保険の要介護認定基準を援用したので、知的障害者の要支援度には全く合わないことが、制度発足後すぐに判明した。厚生労働省も2009年に新障害程度区分に移行する予定であった。しかしその新障害程度区分の開発方法を巡って、当時の知的障害者福祉協会と厚生労働省の意見が対立した。厚生労働省は、要介護認定基準の作成方法に準じて、入所施設における職員の1分間ごとの介護の分析結果から、樹形図等の統計手法を用いて要支援の度合いを推計できるとした。一方協会は、知的障害者への支援の必要度合いを介護時間で測ることはできないと主張し、調査への協力を拒否した。協会は同時に、アメリカ知的障害協会の開発したSIS(知的障害者要支援度)を分析し、その調査方法を援用することで、知的障害者の日常生活や社会生活上の支援の必要度を図ることが、ある程度可能であるとした。この問題は平行線をたどり、解決をみないまま政権交代となった。(SISは、障害者の生活上の課題を分類し、課題ごとに要支援度を評価した上で、標準偏差等の統計手法を用いて総合的な要支援度を測る手法であり、今後支給決定プロセスにおけるガイドラインに援用できると思われる。)

この時期に、「介護」ではない「知的障害者への支援」とは何かを、関係者以外の人に納得しやすく説明することが、知的障害者福祉関係者に問われた。「意思決定の尊重、心と心の交流による支援、発達を促す支援、本人中心の支援」等の用語が用いられたが、十分な結果を得ることはできなかった。

 一方、知的障害者福祉関係者の間では「本人中心支援」のありかたが検討されたが、特に「サポート研」では、障害者と支援者の間の相互に影響を与えあう動的な関係性や、支援をする職員の姿勢やあり方が提起された。これは今後「意思決定支援」を検討する際の重要な視点となろう。

1-6 障害者基本法・仮称総合福祉法における意思決定支援を巡る経過

2010年代に入り、政権交代に伴って、障害者権利条約の批准に向け、障害者基本法の改正、(仮称)障害者総合福祉法制定の議論が開始された。

「私たち抜きに私たちのことを決めないでほしい」の標語の下に、障がい者制度改革推進会議の構成は障害当事者が過半数を占めた。軽度知的障害者も参加したが、比較的に重度の知的障害者の立場を代弁することには無理があった。ここに支援をする立場の委員の参加を欠いていたことは、議論が知的障害に関して配慮を欠く傾向を強めた。同推進会議で20106月に採択された「障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)」は、「施策の客体から権利の主体へ」の理念を掲げた。これは画期的ではあるが、「権利主体たる意思決定そのものに支援が必要な障害者」への論及はなかった。

同推進会議総合福祉部会には支援者の立場の委員も参加するようになった。しかしここでも、自らの意思に基づくセルフマネジメントを求める意見が強く、意思決定そのものに支援を要することについての理解が不十分なままに進められつつあった。

これらの状況に対して知的障害関係者の間で危惧の念が高まり、知的障害者等への支援の本質に関して、これを明確化しようとする動きが強まった。

サポート研では、2010年に知的障害者等への支援の本質に関して連続的な学習会が開催され、次のようなことが共通認識された。@知的障害者等を対象とするスウェーデンLSS(機能障害者援護法)には支援者との「共同決定」が明文化されていること。Aインクリュージョン・ヨーロッパは、後見制度でなく意思決定支援の制度化を提案していること。B国連障害者権利条約第12条は「障害者はすべての場所において法律の前に人として認められる権利を有する」としているが、これは特に知的障害者への支援を念頭に定められていること。Cイギリスの2005年意思能力法は、成年後見や医療も含めて総合的に意思決定支援を定めていること。これらの学習を通して、知的障害者支援の本質が「意思決定支援」と表現されるようになった。意思決定をするのは知的障害者自身であるが、支援者や環境との相互作用の中で本人の意思が確立していくので、「自己決定支援」ではなく「意思決定支援」と表現する方が適当であるとの理由による。

東京都発達障害支援協会でも、20109月に都内知的障害関係団体で開催した「自立支援法の抜本的見直しを求める東京大集会」で、「意思決定支援の制度化を求める提言」を採択するとともに、推進会議や総合福祉部会に同趣旨の提言書を提出した。

201012月に推進会議で採択された「障害者制度改革推進のための第二次意見」では、インクルーシブな社会の構築を目指して障害者基本法の改正を提言した。その中で「自己決定に当たっては、自己の意思決定過程において十分な情報提供を含む必要とする支援を受け、かつ他からの不当な影響を受けることなく、自らの意思に基づく選択に従って行われるべきである。」と明記された。

20114月に内閣府から国会に提案された「障害者基本法改正案」には、これらの概念が全く入っていなかった。しかし国会における審議の過程で「東京大集会」に参加した与野党議員の提案により、「意思決定の支援」という用語が加えられ、7月に可決された。

この障害者基本法改正を受けて、8月に総合福祉部会で採択された「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」では、相談支援や支給決定の場において「意思決定支援」を重視するよう明記され、成年後見制度見直しの必要性も加えられた。しかし「日常の生活や社会参加の場面での意思決定支援」は含まれなかった。

現在政府内において(仮称)障害者総合福祉法案の検討が進められている。これに対して東京都発達障害支援協会等は、2012年1月に「障害者総合福祉法における『意思決定支援』制度化の提言」を発表して、障害福祉サービスの目的に「意思決定支援」を明記するよう求めている。

以上に示す経過によって、知的障害者支援の本質を最もよく示す用語として「意思決定支援」が登場し、それが障害者基本法に明文化された。現在政府内において検討されている(仮称)障害者総合福祉法にそれを反映させるための課題、さらに広く「意思決定支援」を巡る今後の課題について、次に考察したい。

2 知的障害者の意思決定支援に関する今後の課題

2-1 障害者基本法における「意思決定支援」の意味

2011年に改正された障害者基本法第23条は「国及び地方公共団体は、障害者の意思決定の支援に配慮しつつ、障害者及びその家族その他の関係者に対する相談業務、成年後見制度その他の障害者の権利利益の保護等のための施策又は制度が、適切に行われ又は広く利用されるようにしなければならない。」と定めている(ここでの「その他の権利利益の保護等のための施策又は制度」には、生活支援等の障害福祉サービスも含まれると解すべきであろう)。

この第23条の改正は議員立法として行われた。2011615日の衆議院内閣委員会において、高木美智代議員は提案の趣旨を次のように説明した。「まず、ポイントの第一点目は、『障害者の意思決定の支援』を23条に明記したことでございます。重度の知的、精神障害によりまして意思が伝わりにくくても、必ず個人の意思は存在をいたします。支援する側の判断のみで支援を進めるのではなく、当事者の意思決定を待ち、見守り、主体性を育てる支援や、その考えや価値観を広げていく支援といった意思決定のための支援こそ、共生社会を実現する基本であると考えております。この考え方は、国連障害者権利条約の理念でありまして、従来の保護また治療する客体といった見方から人権の主体へと転換をしていくという、いわば障害者観の転換ともいえるポイントであると思っております。」(衆議院内閣委員会会議録より)

 ここには、「意思決定支援」についての基本的な考え方が示されている。

 まず第1に、「重度の知的障害者(重症心身障害者を含む)にも必ず個人の意思が存在する」としている。重症心身障害のある人でもその人なりの意思があることは、我々の支援実践でも痛感する。これは国連障害者権利条約第12条に示された考え方であり、きわめて重要な視点である。個人の意思はその対象となる行為によって、またその時のおかれた環境によって異なることを前提とすれば理解されることである

 第2に、支援者の判断のみで支援を進めずに「当事者の意思決定を待ち、見守る」ことを求めている。意思決定はあくまでもその本人がするのであって、支援者がするのではない。また、当事者が示す行動の裏にある本当の願いを支援者がいかにくみ取るかが重要である。本人の意思をくみ取り、それに応えることによって、本人はますます明確に意思表示をするようになることも、我々は実践を通じて経験している。これは支援現場で忘れられやすい視点であり、絶えず内省・検証する必要がある。

 第3に、「当事者の意思決定を待ち、見守る支援」のみでなく「当事者の主体性を育てる支援や、考えや価値観を広げていく支援」も「意思決定支援」であるとしている。この過程では、当事者の意思と支援者の意思が相互に影響しあう。その相互過程を通して、当事者の新たな意思が形成されていく。しかし一歩間違えば、支援者の意思の押し付けともなりかねない。だからこそ支援者の内省や研修が欠かせないし、支援の在り方や専門性が問われるのである。

 第4に、この意思決定支援は、保護・治療の客体から人権の主体へと障害者観を転換するポイントであるとしている。「意思決定支援」の必要な障害者にとっては「権利の主体」として存在するためにこそ、この支援が重要である。

 国連障害者権利条約は「障害は発展する概念である」としている。「意思決定支援」も「発展する概念」であり、今後さらに検証していかなければならない。

2-2 障害者総合福祉法における「意思決定支援」の明文化

前述の「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言」において、「地域で自立した生活を営む基本的権利」の中に「障害者は、必要とする支援を受けながら、意思(自己)決定を行う権利が保障される旨の規定」が加えられた。また「相談支援専門員の理念と役割」の「本人中心支援計画について」の中で「本人中心支援計画立案の対象となるのは、セルフマネジメントが難しい意思(自己)決定に支援が必要な人である。なお、本人中心の支援計画の作成に参加するのは、障害者本人と本人のことをよく理解する家族や支援者、相談支援専門員である。」と記されている。

しかし、「意思決定支援」は、相談支援の場面のみでなく、障害者権利条約第12条に示されているように「何を着て何を食べるか」というような日々の生活場面においても必要であり、それは障害福祉サービスの支援職員や家族等によって担われている。

措置制度の時代には、通所・入所の知的障害者更生施設の目的が「保護・指導・訓練」とされていた。ところが障害者自立支援法では、通所(生活介護)・施設入所・共同生活介護の目的が「食事・入浴・排泄の介護等」とされた。また「サービス管理責任者」のみが専門性を要する職員として「個別支援計画」を作成し、生活支援員等はこの計画に従って「介護」に従事することとされた。

「障害者総合福祉法骨格提言」では通所・入所・グループホーム・訪問系等の日常的な福祉サービスの再編成については検討されたが、その目的については検討されておらず、このままでは従来と同様に目的が「介護」とされかねない。そのため、障害福祉サービスの目的条項に「意思決定支援」を加え、直接支援に携わる生活支援員等が個別支援計画作成を担うこととする必要がある。

ただしこれは、障害福祉サービスに「意思決定支援」というメニューを加えるという意味では必ずしもない。障害福祉サービスの目的に、「意思決定支援」を含む生活支援や日中活動支援、社会参加支援等を明記することなどが、検討されるべきであろう。

また、通所・入所・グループホーム等の職員は、ともすれば障害者がずっとその施設等にいることを最善であると考え易い。利用者にさまざまな情報と経験を提供しつつ、地域移行等の新たなチャレンジを含め、意思決定を支援する個別支援計画を立案することが重要である。そのためには、相談支援事業を始め外部の関係者との連携が不可欠である。

2-3 ハビリテーションの検討

 「ハビリテーション」という概念は、我が国ではあまり知られていない。改正障害者基本法にも「リハビリテーション」の記述はあるが、「ハビリテーション」の記述はない。

 成長して一旦社会参加した人が機能障害を持ったときに、社会復帰のための「リハビリテーション」が行われる。それに対して、児童期からの機能障害を持つ人について、特に青年期における社会参加を促すための支援を「ハビリテーション」という。

 我が国では、身体障害者や精神障害者の「リハビリテーション」を医療の中に位置付けている。知的障害者の「ハビリテーション」については、学校教育との関連も課題ではあるが、障害者福祉サービスの中にも位置付ける必要がある。

 「ハビリテーション」の一例として、「通勤寮」を挙げることができる。東京都内の通勤寮は、比較的に軽度の知的障害者の自立と就労に大きな成果を上げてきた。その支援の特徴は、「意思決定支援」でもあるが、もっと端的に表現すれば「自己確立支援」である。このような「通勤寮」は、障害者自立支援法ではかろうじて「自立訓練事業宿泊型」として存続することとなった。「障害者総合福祉法骨格提言」の福祉サービス体系の中には欠けているが、存続すべき制度である。

またこのハビリテーションには、ピアサポートによるエンパワメントを組み入れることも重要である。

2-4 成年後見制度の改正と「意思決定支援法」の検討

 個人の意思は、その対象となる行為によって、またその時のおかれた環境によって異なる。英国の2005年意思能力法はこれを前提として、「本人の意思決定を助けるあらゆる実行可能な方法が功を奏さない場合に限って、当事者の最善の利益のための代行決定が認められる」としている。しかし我が国の成年後見制度では、補助・保佐・後見という類型に分け、一律に法律行為を制限している。障害者基本法第23条は、この成年後見制度を、「意思決定支援」に基づいて抜本的に見直すことを求めている。障害福祉サービス利用における相談支援・支給決定・利用契約・生活場面における支援に関する意思決定支援や、病気治療の時の意思決定支援等を含め、総合的な「意思決定支援法」を検討する必要がある。

また、被後見人の公職選挙権を剥奪する等の、成年後見に関連する欠格条項についても抜本的に見直すべきである。

なお、スウェーデンの「コンタクトパーソン」のような、半ばボランティアによる個人別の友人的支援者制度についても検討すべきであろう。

2-5 選挙や司法手続きにおける意思決定支援

 改正障害者基本法には、第28条「選挙等における配慮」、第29条「司法手続きにおける配慮等」(刑事事件・民事事件等の対象や当事者等となった場合の配慮等)が新たに加えられた。いずれについても、知的障害者等にとっては「意思決定支援」が欠かせない。それらの意思決定支援の在り方についても検討する必要がある。

2-6 知的障害者の会議参加・本人活動参加等への支援

国の「政策委員会」をはじめ、各種会議への知的障害者の参加を進めるべきであるが、参加する時の意思決定支援の在り方について検討する必要がある。支援者の役割は、会議前の事前準備への支援、会議中のわからないときの支援、会議後のまとめの支援などであり、あくまでも本人の決定を尊重し、支援者の価値観を押し付けないことが重要である。

また知的障害者が加わる会議においては、参加者全員が、ゆっくり話す、わかりやすい言葉や文章を使う、本人がわかるまで待つなどの合理的配慮が必要である。

「私たち抜きに私たちのことを決めないで」の標語は万能ではない。参加する比較的軽度の知的障害者が知的障害者全般を理解して発言することは一般的には難しい。比較的重度の知的障害者本人の会議参加は難しいので、支援する立場の職員や家族の参加も必要である。

ただし、軽度知的障害者が重度知的障害者のピアサポートとしての役割を果たすことも重要であり、積極的に取り組むべき課題である。

2-7 意思決定支援に関連するその他の課題

@ 「意思決定支援」は、発達障害者・高次脳機能障害者・精神障害者・認知症患者等にとっても、また学校教育や家庭内においても重要であり、総合的に検討すべきである。

A 我が国の法律では、機能障害としての各種障害についてそれぞれ定義しているが、唯一「知的障害」の法的定義がない。国際的には、IQに基づくIDC-10と、発症年齢や生活適応を加味したAAIDDの定義があるが、それらの動向を見守りつつ、知的障害者福祉法において「知的障害」を定義する必要がある。また「療育手帳」制度については、手帳制度全般の在り方を含めて検討すべきである。

B 現在「知的障害者福祉法」において「措置」による福祉サービス利用の制度が残されているが、「意思決定支援」に留意しつつ、その有効な活用方法について検討すべきである。

C 昨今「医療モデルから社会モデルへの転換」が強調されるが、ICFは「医療モデルと社会モデルの統合モデル」(相互関係モデル)の立場に立っている。「社会モデル」の解釈には幅がある。中には「社会のありようを変えれば障害は無くなる」という意見もあるが、これでは意思決定支援が不要ということにもなりかねない。

D 障害者基本法では「福祉の向上を図る」という表現が恩恵的であるとして削除された。一方、意思決定支援は「福祉的介入」でもある。とりあえず表明された「デマンド」と、本質的な「ニーズ」を分けてとらえるところに、福祉専門職の役割がある。また「社会保障」の概念の中の「福祉」を「介護」に置き換える動きが進んでいる。「福祉」という概念はあいまいではあるが、それを「権利」と「介護」に置き換えることでよいのか、総合的な検討が必要である。

(注)この論文では、「知的障害者」の概念の中に、知的障害を併せ持つ身体障害者・精神障害者・発達障害者等も含めて、論じている。

            2012-2-4 柴田洋弥

       (NPO)東京都発達障害支援協会 副理事長
                             (
NPO)全国障害者生活支援研究会  顧問


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